館蔵インキュナブラ
(ヨーロッパ15世紀活版印刷本) Part.3

13.ジョヴァンニ・マルケージニ『聖書注解』(ヴェネツィア、1476)
MARCHESINUS, Johannes
Mammotrectus super Bibliam.
Venice : Franciscus Renner de Heilbronn, and Nicolaus de Frankfordia, 1476.
Quarto. 227 of 228 leaves (without last blank leaf).
194x146 mm. Bound in vellum. Initials in red and blue alternately throughout.
Prov.: Carthusian Monastery, Garegnano near Milan.
Ref.: HC(+Add)R 10557; BMC V 194; ISTC im00236000; IJL 213; Yukishima no.1..
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 著者ジョヴァンニ・マルケージニは15世紀イタリアの人文主義学者。本書は聖書中の難しい文章について文法的な説明を加えた注解書であり、15世紀に非常によく利用された聖書辞典である。本書の初版は1470年にマインツのペーター・シェーファーによって印行された。1476年ヴェネツィア版はイタリア初版である。15世紀中にヴェネツィアだけでも9版が印行された。本書を印刷したフランツ・レナーはヴェネツィアで6番目に印刷所を開設した印刷業者であり、1473年からフランクフルト出身のニコラウスと共同で神学書の印刷を行なった。
 館蔵本はイニシャルが赤と青で書き込まれ、また各折丁末尾にキャッチワードが手書きされいる。25葉表に「1[4]80年ミラノ近郊ガレニャーノのカルトジア修道院」と記されており、本書刊行後まもなくこの修道院に収蔵されたものであったことがわかる。

14.プロティノス『著作集』(フィレンツェ、1492)
PLOTINUS
Opera. Translated with a commentary, by Marsilius Ficinus.
Florence : Antonio di Bartolommeo Miscomini, 7 May 1492.
Folio. 441 of 442 leaves (without first blank leaf).
310x220 mm. Bound in russia gilt with a coat of arms of Michael Wodhull.
Prov.: Michael Wodhull; William F. Gable; David Wagstaff; Grolier Club, New York.
Ref.: HC 13121*; BMC VI 640; ISTC ip00815000.
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 紀元後3世紀のギリシアの哲学者で新プラトン主義の発展に貢献したプロティノスの著作集『エネアデス』のラテン語訳初版。翻訳と注釈はルネサンス時代の新プラトン主義を代表するマルシリオ・フィチーノである。フィチーノはピーコ・デッラ・ミランドラの協力のもと本書の翻訳を1486年に完成させて庇護者であったフィレンツェの支配者ロレンツォ・デ・メディチに献呈した。そして、1491年には注釈も完成させた。本書にはラテン語訳テクストと注釈、プロティノスの弟子ポルフィリオスによる「プロティノスの生涯」が収録され、巻頭にはロレンツォへの献辞を置いて1492年5月に印行された。ロレンツォ死後1ヶ月が過ぎていた。本書は新プラトン主義の復活に決定的な影響を与えた書である。
 館蔵本は18世紀から19世紀はじめの英国の収集家マイケル・ウッドハルの旧蔵書であり、ロシア革の装丁と表紙平に刻印された紋章は彼に由来する。その後、アメリカのW.F.ゲイブル、D.ウォグスタッフの所蔵を経て、ニューヨークの愛書家クラブ、グロリア・クラブの所蔵に帰したが、1968年に売却された。
  参考:酒井紀幸「プロティノス『エネアデス』とルネサンス」『早稲田大学紀要』49号(2002.3)pp. 22-40.

15.アントニオ・デ・ロゼッリ『君主権、あるいは皇帝そして教皇の権力について』
(ヴェネツィア、1487)
 
ROSELLIS, Antonius de, d. 1466
Monarchia, sive De potestate Imperatoris ac Papae.
Venice : Hermannus Liechtenstein, 23 June 1487.
Folio. 113 of 114 leaves (without blank leaf).
305x202 mm. Bound in limp vellum. Last quire bound at first.
Prov.: Giuseppe Nicola Corvaia.
Ref.: HC 13974*; BMC V 357; ISTC ir00327000; IJL 261
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 著者アントニオ・デ・ロゼッリは15世紀イタリアの法学者。ボローニャで学び、教皇マルティヌス5世に招聘されてローマに赴き、バーゼル公会議に参加するが、後にパドヴァで法学教授に就任した。ロゼッリはヴェネツィアの総督フランチェスコ・フォスカーリから教皇の権威について質問されたことから、彼は皇帝の世俗の権威を本書で認めた。本書は第2版であり、初版は1483年に印行された。1491年にカトリック教会はヴェネツィア政府に対して本書を無神論のかどで焚書にせよと命じた。
 館蔵本はスイスの銀行家コルヴェアの旧蔵書いわゆるコルヴェア・コレクションの一冊であり、コレクション中唯一のインキュナブラである。巻末2葉の索引が巻頭に綴じられている。

16.ハルトマン・シェーデル『ニュルンベルク年代記』 ラテン語初版
(ニュルンベルク、1493)
 
SCHEDEL, Hartmann
Liber chronicarum.
Nuremberg : Anton Koberger, 12 July 1493.
Folio. 325 of 326 leaves (without last blank leaf).
452x314 mm. Bound in calf gilt. Crest of the Cavendish family (Duke of Devonshire) on cover. Last quire bound between 286 and 287.
Prov.: Henry Cavendish; William Cavendish, seventh Duke of Devonshire.
Ref.: HC 14508*; BMC II 437; ISTC 00307000; IJL 263; Yukishima no.8.
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 本書は、ニュルンベルクを代表する実業家ゼバルト・シュライアが出資して、画家ミヒャエル・ヴォールゲムートがアートディレクションと挿絵を担当し、ニュルンベルクの市医であり人文主義者のハルトマン・シェーデルがラテン語で本文を執筆して、当時ヨーロッパ最大の印刷業者アントン・コーベルガーが印行したものであり、さらに同時にニュルンベルクの収入役ゲオルク・アルトによってドイツ語訳が行なわれ、ラテン語版刊行半年後にドイツ語版も印行された書物史上の記念碑的な作品である。本書の出版企画契約書、レイアウト、稿本、著者手沢本、決算書に至るまで今日まで保存されている書物史上稀有な書物でもある。本書ははじめにヴォールゲムートによってページ・レイアウトが決められ、挿絵と本文が割り当てられて、天地創造から執筆時に至るまでを伝統的なキリスト教歴史観に拠って著された世界年代記である。挿入された木版画はのべ1809点を超え、挿絵本の傑作として高く評価されている。
 館蔵本は巻頭数葉が水濡れのため余白が修復されている。また、最後の折丁が286葉の次に差し込まれて製本されている。英国の科学者ヘンリー・キャヴェンディッシュの旧蔵で第1葉裏の蔵書印は彼のものである。そして、第7代デヴォンシャー公爵ウィリアムが所蔵し、いわゆるチャッツワース・コレクションの1冊となった。子牛革装。表紙に箔押しされた紋章はキャヴェンディッシュ家のもの。ウィリアムの蔵書票には"BOOKCASE 1 SHELF A"という配架番号がある。本書は我国で最もよく知られたインキュナブラである。本学のほかに、印刷博物館、関西大学図書館、京都外国語大学図書館、近畿大学中央図書館、慶應義塾大学附属研究所斯道文庫(コルディエ文庫に2部)、天理大学附属天理図書館、東京大学総合図書館、広島経済大学図書館、ミズノプリンティングミュージアム、明星大学図書館、(株)モリサワが所蔵しており、国内では都合13部が確認されている。
  参考:エイドリアン・ウィルソン著『ニュルンベルク年代記の誕生』雄松堂出版 (1993.6);
  雪嶋宏一「『ニュルンベルク年代記』ラテン語初版における若干の書誌学的問題」『早稲田大学図書館紀要』48号(2001.3) pp.26-50.

17.ティブルスおよびカトゥルス詩集(ヴェネツィア、1487)
[他画像]
TIBULLUS, Albius.
Elegiae (Comm.: Bernardinus Cyllenius Veronensis). Add.: Catullus: Carmina (Comm.: Antonius Parthenisi).
Venice : Andreas de Paltasichis, 15 Dec. 1487.
Folio. 92 leaves.
 308x205 mm. Bound in wooden boards covered with contemporary dark green morocco gilt. Bound in reverse order: first Catullus, Carmina and secondly Tibullus, Elegiae.
Ref.: H4762* (II)=HC 4762 (I); BMC V 354; ISTC it00371000; IJL 284; Yukishima no.3
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 ティブルスは前1世紀後半ローマで活躍したエレゲイア詩人(恋愛詩人)であり、恋人デーリアへの愛の喜びと彼女の死の悲しみを歌った。カトゥルスはティブルスよりすこし前の時代の詩人で、恋愛誌や神話に仮託した伝説詩を読んだ。両詩人はルネサンス時代のイタリアで多いに人気を博してヴェネツィアを中心にして諸版が刊行された。本書は両詩人の合刻詩集として5番目の刊本である。印刷業者アンドエアス・デ・パルタシキスは本書刊行後すぐに本書と同じ判型でやはり古代ローマの詩人プロペルティウスの詩集も印行しているため、両書はしばしば合本されて保存された。館蔵本はルネサンス時代の深緑のモロッコ革装で、表紙には金を押した組紐文様のパネルの中に空押しと金を押した百合の連続文を同心円状に配する豪華な装飾が施されている。館蔵本のティブルス、カトゥルスの各巻頭ページが、豪華な縁飾りによって装飾されている。ティブルス巻頭には緑、青、ピンクを基調とした文様からなる縁飾りと下方余白にM.Sとういうモノグラムを含む所有者の楯が描かれている。一方、カトゥルス巻頭には金で縁取られたトロフィーと組紐文様および神話的モチーフからなる縁飾りが描かれたが、本来楯を書き入れる下方余白中央が円形の空白のまま残されている。館蔵本はカトゥルス、ティブルスの順で製本されているが、前小口に書 きこまれたPropertius.Cat.Tibulusという標題から当初は本書の巻頭にプロペルティウスが合綴されていたことが判明する。その後18世紀に背表紙が修復されて現在の姿になったとみなされよう。
 館蔵本はわが国では珍しいルネサンス時代のヴェネツィア装丁の例である。

18.『1481年贖宥状』(アウクスブルク、1481)
WERDENBERG, Rudolfus, Graf von, commissary
Indulgentia 1481. For promoting the war against the Turks and thedefence of Rhodes. Principal commissary Johannes de Cardona.
[Augsburg : Johann Baemler, 1481].
Broadside. 1 leaf.
135x254 mm.
Ref.: R 595; GW, Einblattdrucke 1506; ISTC iw0011720.
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 1453年にオスマン・トルコがコンスタンティノポリスを陥落させて東ローマ帝国が滅亡すると、ヨーロッパでは再び十字軍遠征の期待が高まり、対トルコ戦争のための資金調達として贖宥状(いわゆる免罪符)の発行が盛んになった。グーテンベルクは1454年頃に2種類の贖宥状を発行しており、活版印刷の最初から密接な結びつきがあった。本資料はオスマン・トルコによるロドス島攻撃に対して、ルドルフ・フォン・ヴェルデンベルク伯爵が教皇の代理人となり、アウクスブルクの有力な印刷業者ヨハン・ベームラーが印行し、ヨハンネス・デ・カルドーナにより頒布されたものである。本贖宥状は1481年に2回印刷されている。なお、1481年にはアウクスブルク以外でも、バーゼル、リューベック、ルーヴァンでも発行され、リューベック版の発行はカルドーナが関わっていた。贖宥状は一枚刷で多数発行されたが、後世まで保存されるものは決して多くなく、今日ではいずれも稀覯資料となっている。
 館蔵資料は反故紙として本の製本に使用されたもので、その痕跡を留めている。通例、贖宥状の販売の際には購入者の名前と日付が手書きで記されるが、本資料ではその箇所が空欄となっている。

 
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(c) Waseda University Library. 2002