内容記述 |
請求記号:文庫08 A225 ; 製作・刊行年等:明治6年 ; 材質:紙本彩色 ; 数量:一軸 ; 大きさ:136×65.8(軸装211×78) ; 解説文:大槻家の「おらんだ正月」は、天保8年まで続いた後中断。それを明治6年、政府が太陽暦を採用したのを機に、別家の大槻磐渓が清修・清復(如電・文彦)二子と図って学堂で復活した時のもの。賛によると、招待客は、杉田氏、桂川兄弟、宇田川父子、箕作氏。しかし両杉田氏(本家と分家)は静岡にあって不参加、その場にいた画家山本琴谷が声妓を含めて描いた図。なお大槻磐渓の漢詩文集「寧静閣四集」巻3には「新元会図」の題でこの賛とほぼ同文の題引を収めるが、その最後は「余謾題二絶句云」とあり、「憶昔先君磐水翁・・・」が起句の七言絶句に加え、8付の上層左端に記されている「児引二孫相逐追、通家子弟約無違、滔ゝ三府七十県、終始新元更有誰」の句も収録をみている。 ;
|